東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)18号 判決
原告 日本食品化工株式会社
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告代理人は、特許庁が昭和二十五年抗告審判第三五六号事件(昭和二十三年商標登録願第一七四五九号拒絶査定不服抗告審判事件)について、昭和二十五年九月四日なした審決はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めると申し立て、その請求原因として陳述した事実関係の要旨は次の通りである。
(一) 原告は(最初商号を日本穀産化工株式会社と称していたが、昭和二十四年五月二十三日現在の商号に変更した)、昭和二十三年十一月十八日特許庁に対し、黒く塗り潰した正三角形から成る同形の図形三個を風車形(一点を中心とした放射状)に描き、且つ該風車形の下方左右の図形の上辺中央から半ば喰込むように(cp)(cp)の英字を夫々横書きに表わし、前記喰込んだ(cp)(cp)の各下方の部分を白拔きに表わして成る図形と記号との結合から成る商標につき、第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品として、商標の登録願を提出した(昭和二十三年商標登録願第一七四五九号)。
(二) 本願に対し、特許庁は登録商標第三六九二二七号を引用して、昭和二十五年五月三十日拒絶査定をした。而して右引用にかかる商標の指定商品が、本願の指定商品と同一であることについては争わない。
(三) 原告は昭和二十五年七月二十二日前記拒絶査定に対し抗告審判を請求し(同年抗告審判第三五六号)たが、これに対し同年九月四日抗告審判は成り立たないとの審決が与えられ、その謄本は同月七日原告に送達された。審決の理由は甲第一号証の三(審決決書)記載通りであるが、この審決理由は次のように不当である。
(四) 右審決は第一に理由齟齬の違法がある。詳言すれば、本願商標の構成は前記(一)において説明した通りであり、又右引用にかかる登録商標の構成は単に黒く塗り潰した正三角形から成る同形の三個の図形を風車形に描いたものである。従つて両商標はその外観においても、観念においても類似しないものである以上、本願商標から生ずる自然の称呼もまた右の図形と記号との結合から生ずるものでなければならぬのは当然の条理である。大審院昭和十二年(オ)第一五五二号昭和十三年三月十五日言渡判決において説示されたところからみても、称呼なるものは観念と同様に、その結合を総括した全体の上から生ずるものであるから、右抗告審判の審決において認めている通り観念上類似していないのに拘らず、独り称呼だけが類似するというのは失当なことが明瞭である。故に、右審決が、本願商標と引用の登録商標とがその外観においても観念においても類似しないことを認めたのは、一は(cp)(cp)の文字と三角形との結合から成り、他は単なる三個の三角形の図形だけから成ることを認めた結果であり、従つて、本願商標の称呼は、右の観念から自然に生ずるもの、即ち「シーピー、シーピー三ツ三角」印等でなければならぬ筋合である。しかるに、右審決がその称呼については、単に三個の三角形の図形のみから生ずるものとなしたのは、本願商標と引用の登録商標との観念上の相違を認めたことと齟齬するものと断定するの外はない。
又本件審決は紋章に対する認識と商取引の実情を無視した違法がある。詳言すれば次の通りである。
(1) 三角形の図形を以て鱗と称するのは、紋章学上頂点を上にし、直線部分を下方にしたものであり、三ツ鱗の紋章は右の如き三角形の図形を下方に二個並べて置き、その上方にそれらの頂点を結ぶ線を底辺として一個の三角形の図形を配置したものである。故に引用の登録標におけるように、三個の正三角形の図形を使用するも風車形に配したものは、従来の紋章としては存在しなかつたもので、果して何と称呼すべきかは明白でない。しかし、その形態からすれば、寧ろ「三ツ三角」印と呼ぶのが妥当であろう。
(2) 本願商標中に記載した(cp)(cp)の文字は、原告が主として「トーモロコシ」を原料とする加工品と化学製品とを生産する目的を以て設立された会社であるから「corn product」と「chemical procession」の各頭文字を取つて創造したものであり、「シーピー、シーピー」と呼ばれ、この部分だけでも十分に特別顕著性を有するものである。」本件審決の理由では、(cp)の英文字が下方左右の鱗(三角形の図形)の上辺より中央に夫々喰込みてなり、該喰込みたる(cp)の部分の下方が白拔きにしてある関係上該英文字が(cp)の英字なるやはた又如何なる英字より成るや判断に苦しむ、という趣旨に解せられるが、(cp)の部分の下方が白拔きにしてあるからとて(cp)なる英文字が判然と読めないというのは、事実を無視したものといわなければならない。加うるに、(cp)の部分の上方が三角形の上辺より突き出ていることと、三角形の上辺より中央に白拔きとなつていることが相合して単なる三個の三角形の図形(いわゆる三鱗)ではなく、特殊のものであるとの印章を強く看者に与えずには措かないのである。
要するに、本願商標から自然に生ずる称呼は「シーピー、シーピー三ツ角」印(又はいわゆる「シーピー、シーピー三鱗」印)であり、単なる「三ツ三角」印(又いわゆる「三鱗」印)ではない。
(3) 原告は本件抗告審判において、(a)大審院昭和十四年(オ)第七七二号同年十二月二十七日言渡判決を引用し、二個の商標の類否を判断するには、普通一般取引上の注意を以てする取引者により混同誤認せらるるや否やを基準となすべきものであり、取引上普通の注意を払わざる軽卒者流により混同誤認せらるるの故を以て相類似するものと断ずるを得ないこと、並びに、(b)大審院昭和十三年(オ)第一七二号事件昭和十四年三月二十九日言渡判決(昭和十一年(オ)第二四四〇号事件昭和十二年六月三十日言渡判決、その他数個の同趣旨の判決も引用して置いた)を引用し、二個の商標が夫々文字図形記号等の結合により成立せる場合においては、叙上結合せられた文字図形及び記号の全体につきこれを統一的に観察するを要すると同時に、これを取引の実際における経験則に照し、右両者が果して混同誤認を生ぜしむる虞あるものなりや否やを審査するを要するものであり、特段の事由がない限り、右構成部分中或部分のみを抽出しこれを比較対照して右両商標の異同を判別するが如きは素より正当なりというを得ないことを力説して置いたのであるが、抗告審判においては、これ等の点について審理を尽していない。
以上の次第であるから、請求の趣旨記載通りの判決を求めるため本訴に及んだものである、と主張している。(立証省略)
被告代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め事実上の答弁として次の通り陳述した。
(一) 原告が主張しているように、本件審決に引用した登録第三六九二二七号商標は、本願商標中から(cp)の欧文字を削除しただけの相違のものである。そこで右の両商標が類似しているか否かの争点について考えてみるに、両者の構成態様は各々前述の通りであるから、外観上では多少の差異があり、互に類似している商標であるとは断じ難いが、その称呼、観念において互に類似しているという点について以下述べることにする。
(二) 原告は、本願商標は図形と文字とが結合しているものであるからこの場合は図形、文字を統一的に観察することを要するものである。しかるに、審決では右構成部分中の或部分のみを抽出し、これと比較対照して両商標の異同を判別しているのは正当ではないと述べている。しかし、本願商標のように、三個の三角形が(cp)の文字よりも顕著に表わされているものについては、(cp)の文字は三個の三角形に附記的に表示されているものと思われ、看者は三個の三角形に注意を惹かれて、迅速を尚ぶ商取引者間においては「三ツ三角」「ミツウロコ」と称呼し、観念され勝ちなのは決して不自然ではない。而して、本願商標と三個の三角形の構成が同一の引用登録商標とは称呼、観念上の類似の商標といわざるを得ない。
(三) 原告は、本件審決は紋章に関する認識と商取引の実情を無視した違法がある、と主張している。しかし、商標の図形の称呼は必ずしも紋章学上におけるような厳密な名称で区別されることなく、寧ろ一般的に親みの生ずる名称で称呼されるのが普通である。従つて三個の三角形の構成が同一である本願商標と引用登録商標との間に区別した名称を附する理由は少しもあり得ない。
(四) 以上述べた通り、本願商標は引用登録商標と類似の商標であつて原告の自認している通り同一の商品に使用するものであるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録はこれを拒否すべきものである。従つて、同趣旨に基いてなされた本件審決には何等違法はないものである。
なお、原告は審査例を挙げて主張するところがあるけれども、右は本件の審理をなすについての基準となすことを得ないものと思料する、というのである。
甲号各証についてはいづれもその成立を認めた。
三、理 由
原告主張の原因事実中、本願商標と本件抗告審判の審決において引用している登録第三六九二二七号商標とが、称呼、観念において互いに相類似しているか否かとの争点を除き、その余の事実については、全部被告において明かに争つていないから、これを自白したものと看做すべきである。
而して、本願商標は原告が前記請求原因第一項において主張している通り、黒く塗つた正三角形三個を風車形に描き且つその三個の内下方にある左右二個の三角形の上辺中央から半ば三角形内に喰込むように(cp)(cp)の欧文字を夫々横書きに表わし、右喰込んだ(cp)の各下方の部分を白拔きに表わした図形と記号との結合から成る商標で(甲第一号証の一)、一方右引用の登録商標(甲第二号証の一)が本願商標と相違する点は、前記(cp)(cp)の文字がないという点だけで、その他は全く同一の図形から成る商標であることが明である。
よつて、右両商標が称呼、観念において相類似しているか否かの争点について審按するに、本件商標は甲第一号証の一によつて明かなように、三個の三角形の図形が極めて顕著に表わされて出来ているもので、(cp)(cp)の各欧文字は下方にある左右二個の三角形の上辺からその二個の三角形内に喰込んでいて、この喰込んだ(cp)の部分即ち(cp)の文字の下半分は三角形の黒地の所に白拔きにしてあり、(cp)の文字の上半分は三角形の外に出ていて黒色である。従つて、(cp)の文字は上半分と下半分とが黒と白とで三角形の外と内とに二分されている関係から、(cp)の文字が、(cp)の文字であるということを予め知つている人は別とし、このことを知らない一般の人がこれを見た場合には、取引上普通一般の注意を払つている人としては、それが果して(cp)の文字なりや又は他の文字なりや或は又他の模様を表わしているものなりや、容易に判読することが出来難いものであつて、寧ろ、風車形に描き出された黒色の三角形の図形に注意を惹かれ、この部分が商標として取引上重要な意義を有し(cp)の部分は左程顧慮せられるに値しない程度のものというべきである。従つて、本件の図形と文字の結合を総括して全体を観察した場合において通常且つ自然に生ずるところに従つてこれを判断するときは、本願の商標と審決引用の登録商標はいづれも等しく「三ツ三角」印等と観念せられ又称呼せられるのが自然であつて、原告のいうように、「シーピー三ツ三角」というような称呼を生ずるものではない。従つて、右両商標は観念並びに称呼の上で類似し紛れ易く、両者は取引上通常の注意を以てする取引者には混同誤認の虞れがあるものといわなければならない。原告のいうことは以上の説明と異なる見解であつて採用するに由なく、又その引用にかかる判例並びに甲号各証によつては以上の説明を左右するに足りない。
よつて、本件商標は商標法第二条第一項第九号の規定により登録すべきものではなく、本件審決は正当であつて、これが取消を求める本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条の各規定を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)